介護保険制度が始まったころの話 2

介護保険制度が始まったのが2000年、私が福祉業界に入ったのが1996年。

あるときデイサービスに50歳代の男性の新規利用申し込みがありました。この方は先天性の障害で生まれてからずっと寝たきりで、母親の世話でずっと生活していましたが、何しろ50歳代の方の親ですからおそらくもう80歳に届くかという年齢になり自分の身体も大変になったため、利用を申し込んだという流れだったと思います。

身体障害は完全な寝たきりで座位もとれない程度ですが、手足はそれなりに動かすことはでき、全く無動の方ではないのですが、併せて知的障害もあり、摂食動作等も身についていませんでした。快不快程度を表現することはできますが、言語コミュニケーションはIN-OUTどちらもできませんでした。

仮にその方をAさんとしますが、ずっと母親の世話のみで生活していたことから、Aさんははじめのうち施設職員に対しやや拒絶的な雰囲気で介護を受けていました。おむつ交換時など身体を動かす際は「や、や」(多分「いや」の表現)などと若干の発語をしてました。

何か月か経ち、Aさんが利用中、突然「Aさん」とはっきりと口にしました。自分の名前を自分で言ってるわけで、状況に沿うような意味がある発語ではありません。ただ、やたらにはっきりとしたイントネーションでびっくりしました。

はじめは職員一同驚いていましたが、理由はすぐわかりました。デイサービスを利用し始めてから、会う人会う人つまりいろんな職員が自分に向って「Aさん、お風呂行きますよ」「Aさん、ご飯食べますよ」などと語りかけるので、どうやら「Aさん」という言葉を覚えてしまったようなのです。

逆に言えば、それまでのAさんの人生は、母親は大変優しい献身的な方でしたが、Aさんにとって言葉を覚えられないほど刺激のない生活だったのかもしれないと推察できます。外に出て外部の人と関わることで、50年以上覚えられなかった言葉を覚えたということに、今までいかに狭い世界で暮らしてきたかということが感じられ、いろんなことを考えさせられたという記憶があります。

またその後、実はAさんが「いないことと」されて生きてきたということを知りました。今ではあまり考えられませんが、昔は障害をもって生まれた子があると、一切外に出さず家に隠すということがときどきあったそうです。障害者が生まれた家ということが恥で疎まれるという風潮が、世の中にあったということです。

20数年前とはいえ、元号でいえば昭和ではなく平成の話です。隠されていたからこそ、あまり知られていないことなのですが、ついこないだまで、このような前近代的な風潮があったということを忘れてはならないと思います。

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